Lagom

Lagom

Lagom är bäst

大学では、
英語の資格試験に備えるため、大学の図書館にある問題集をほとんどすべて解いた。
小さな町の書店で見つけた英語の本も、片っ端から読んだ。
プログラミングを学ぶために、当時よく読まれていた C++JavaUnixLinuxNetwork 関連の本を買い集め、
ひたすら読んだ。

働き始めてからは、
一つひとつの機能、一つひとつの細部まで、きちんと理解しようとした。
プログラムの中のプロセスやスレッドが、一つひとつの円になって、頭の中をぐるぐる回る。
仕事が終わっても、まだ回っていた。
プログラマーの潔癖さなのかもしれない。
何をするにも、少しの不完全さも残したくなかった。

そうして、何十年ものあいだ、疲れを知らずに走り続けてきた。
けれど、どれだけ走っても、足元の大地はまだ遠くへ広がっていくようだった。

かつては、努力さえすれば、もっと多くを学び、もっと遠くまで行けると思っていた。
けれど、やがて気づいた。
一人の人間が使える時間とエネルギーには、限りがある。

知らなくてもいいこともある。

家族と一緒に過ごす時間も、少しずつ減ってきた。
身近な同僚たちの顔ぶれも、時折変わっていく。

少しずつ、完璧を求めすぎなくなり、どこかへ急いでたどり着こうともしなくなった。
いつものように暮らし、いつものように働く。

時間があれば、本を数ページ読み、何行か文章を書く。
天気のいい日は、外を歩く。
湖面の揺れを眺め、木の葉が黄色くなるのを眺め、雲が流れていくのを眺める。

多すぎず、少なすぎず。