以前は、難しい問題にぶつかると、いつも何とかして解決しようとしていた。
物事がうまく進まないと、
焦ったり、自分を責めたり、
すでに試した方法を、意味もなく何度か繰り返したりしていた。
けれど最後には、本当に行く手を阻んでいるものは、自分ではどうにもならないことが多いと気づいた。
スウェーデンに来て、
初めてマネージャーの口から「Let's see」という言葉を聞いたとき、心の中で思った。
何とかして物事を前に進め、早く解決しようとするべきではないのだろうか。
その後、関わるプロジェクトは次第に複雑になっていった。
さまざまな国のチームと協力しなければならないことも多い。
自分は懸命に先へ進もうとしていても、ほかのモジュールには、それぞれのペースがある。
山の中を歩いているようなものだ。
あたりには霧が立ちこめ、
あちらこちらと道を探しながら進んでも、山頂がどちらにあるのか、まだ見えない。
特にプロジェクトの初期には、あの言葉をよく耳にした。
「Let's see.」
そう言う人たちは、何もおかしいとは思っていないようだった。
物事にまだ答えがないことは、ごく普通のことだというように。
Let's see は、何もしないということではない。
一人ひとりが自分の手元にあるピースをきちんと仕上げていけば、パズルは少しずつ、その輪郭を現していく。
暮らしの中でも、きっと同じなのだろう。
努力できることもある。
時間に委ねるしかないこともある。
ゆっくりと起こり、
ゆっくりと変わり、
やがて自然に、あるべきところへ収まっていく。
Let's see.