風景の中へ

風景の中へ

以前、旅に出ると、道中の景色をひとつも見逃したくなくて、いつも写真を撮り続けていた。
けれど、そうして撮った写真や動画を、あとから見返すことはほとんどなかった。

いつの頃からか、風景を持ち帰ろうとは思わなくなった。
その代わり、自分から風景の中へ入っていくようになった。

旅が終われば、具体的な旅程の多くは、少しずつ記憶から薄れていく。
けれど、それぞれの旅が持つ独特の空気は、心の中に残っている。

夕陽が斜めに差し込み、淡い青空に雲が浮かんでいる。
遊覧船に乗り、アムステルダムの運河を進む。
両岸にはさまざまな家々が並び、窓ガラスが陽の光を受けてきらきらと輝いている。

ツークシュピッツェでは、霧が晴れ、雲の間から太陽が姿を現した。
その瞬間、長いあいだ埃をかぶっていたレンズを、誰かがそっと拭ったかのようだった。

グラン・カナリアの南端。
大西洋は、まだ目を覚ましていないようだった。
空の彼方が淡い黄色に染まり、海は静けさに包まれている。
寄せては返す波の音に、ただ身を委ねていた。

テネリフェの山腹から、夕陽がゆっくりと大西洋へ沈んでいくのを眺めていた。
灰黒色の火山岩の間で、背の低い緑の植物が風に揺れていた。

フエルテベントゥラで迎えた年越しの夜。
見知らぬ人と、ふと目が合ったあの瞬間。

マラガの地中海沿岸にある小さな町々は、海岸線に沿って点在し、静かに佇んでいる。
道端のヒナギクのように、陽の光と海風の中でそっと揺れている。

長い夏の日々、スウェーデン中西部の小さな町を歩く。
路地の曲がり角に陽の光が差し込み、通りは静かで、ときおり人が通り過ぎていく。

この数年、訪れた場所はますます増えていった。
けれど、覚えている旅程は、少しずつ少なくなっていく。

それでも、
あの日の風、あのときの光は、
ふとした瞬間に、心に浮かんでくる。